インタビュー3

アーティストと聞くと、小さい頃から絵を描いたり手を動かして何かを作ったりするのが好きだったり、クリエィティブな人に囲まれた環境で育ったのかしら?と勝手に想像してしまいます。ガーディナーはどんな風にアートの世界へ惹きこまれていったの?日本からはどんなインスピレーションを得たの?などなど、数回のインタビューに分けて聞いてみます。

すみえ:ガーディナーは小さい頃からアートに関心があったのですが?

ガーディナー:アートは好きでしたが、高校ではアートのクラスは一切取りませんでした。アメリカの高校は自由選択のクラスの数が限られていて、私はその時は舞台芸術のクラスを取りました。私の父がビジュアルアーティストだったこともあり、私の中でアートを掘り下げて勉強することに対して葛藤があったのだと思います。父の影響を拭い去るのに時間を要しました。

私は思春期時代は人生の方向を見出せずにいました。ここではその理由には触れませんが、高校時代は学業もままならずでした。最初は優等生だった私も高校時代の最後の方ではなんとか進級している様な感じでした。そして17歳の時についに高校を辞めて、花屋で仕事を見つけアルバイトを始めました。

30歳になる頃には色々な国や都市へ移り住み興味のある事を仕事にして生活していました。移り住んだ先々のコミュニティカレッジで面白そうなクラスを見つけては受講したり、クリエイティブな人達のコミュニティを見つけて繋がったりしてきましたが、その時は自分をアーティストとは思っていませんでした。

すみえ:アートをもっと掘り下げるきっかけになった出来事や影響を受けたアーティストなどはいましたか?

ガーディナー:2002年にテキサス州のオースティンに住んでいたのですが、その頃はホテルの客室係として働きながらコミュニティカレッジでクラスを取ったり、余暇を使ってオートバイに乗ったりするそんな生活を送っていました。ある時、絵描きの友人とヒューストン(テキサス州)へ出掛けるんですが、そこでギャラリー巡りをして訪れたうちの一つがCy Twombly美術館でした。美術史の知識もほとんど無くCy Twomblyが誰かも知らないし抽象画への特別な思い入れもなかった私ですが、美術館に足を踏み入れた瞬間、空間がまるで生きて呼吸をしているかの様に感じられました。言葉で再現する事は出来ないのですが、建物と作品が光と反響し合いながら織り成すアートと空間の絶妙な融合体とでも言うのかしら。

展示されていた記念碑的な作品に瞬時に心の底から打ちのめされる様な感覚を覚えました。生まれて初めて目の前で海を見るのと同じ様な感覚かな。残りの人生をアートに捧げようと心に誓った瞬間でした。その次の日、唯一馴染みのあるイリノイ州シカゴのアートインスティチュート大学に連絡を取っていました。志願書の申請をし、オースティンのコミュニティカレッジでありとあらゆる美術系のクラスを受講しポートフォリオ(作品集)を作り、コミュニティカレッジの美術の先生達の助けやアドバイスのお陰で志願、そして無事合格する事が出来ました。2004年にはシカゴに移り住み美術大学の学生として生活が始まります。大学では美術のいろはを学んだ事はもちろん、自分自身がアーティストだという自覚の芽生えや、アーティストとしての自分の役割を構築する準備期間になりました。

30代のガーディナーの心に衝撃を与えたサイトゥオンブリーの絵
“Martha Claire and Cy Twombly” by als pictures licensed under CC BY-NC-ND 2.0

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